最強!イエシロアリ |
日本で家屋に被害を与えるシロアリはヤマトシロアリ、イエシロアリ、アメリカカンザイシロアリ、ダイコクシロアリの4種と言われています。 このうち、最も被害が大きくなりやすいのはイエシロアリによるもので、その行動力、破壊力たるはシロアリの中では世界一と思われます。 一般的に日本で行われる「シロアリ防除」はイエシロアリとヤマトシロアリの2種を対象にしていますが、どちらが対象であっても防除方法に違いがありません。このページではイエシロアリをヤマトシロアリと比較しながら生態的違いをご説明し、防除方法が同じであっていいものかどうかを考えたいと思います。なお途中でご覧になるのをやめてしまうとイエシロアリに恐怖を抱いて終わってしまいますのでなるべく最後までご覧ください。 |
1.ヤマトシロアリとの主な違い |
日本でもっとも広く分布するヤマトシロアリとイエシロアリを比べると、その生態はかなりの部分で異なります。 ●生息地域 ●一集団(1コロニー)の頭数と兵蟻の割合 ●巣の構築 ●外的に対しての防衛方法 ●階級分化の形態 細かいところですと、兵蟻が頭部から乳液状の分泌物を出したり、羽アリの時期が違ったり、職蟻が少し太っているとかいろいろあります。この両シロアリはミゾガシラシロアリ科という同じ科に分類されています。 |
指に噛み付いて分泌物を出すイエシロアリの兵蟻。 |
2.生息地域の違い |
ヤマトシロアリ都道府県別生息域 | イエシロアリ都道府県別生息域 | |||
※標高が高い場所や河川、湖には生息していません。 |
※都道府県ごとでも生息域は異なります。 |
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生息地域は圧倒的にヤマトシロアリのほうが広いです。生息できる温度というのも理由の一つかもしれませんが、これはヤマトシロアリとイエシロアリの生態の違いも影響していると思われます。 |
3.1コロニーの頭数の違い |
1コロニー(一つの集団)内の頭数はヤマトシロアリでせいぜい2〜3万頭程度ですが、イエシロアリでは100万頭にもなると言われています。頭数を数えるのは難しいのですが、とにかくヤマトシロアリと比べると圧倒的に頭数が多いです。頭数が多いということは、やはり食べるエサの量も多く、それが家屋だった場合は食害のスピードが速く、被害も大きくなりやすいです。 またコロニー内の防衛の任務を果たす兵蟻の割合がイエシロアリでは高く、蟻道などを壊すとまず見つかるのは兵蟻です。それに比べてヤマトシロアリでは最初に見つかるのはほとんど職蟻で、兵蟻を見つけるには少し探さなければなりません。 |
イエシロアリの蟻道を壊したところ | ヤマトシロアリのほぼ巣の中心を暴いたところ | |||
兵蟻ばっかり・・・ |
職蟻がコロニーのほとんどを占める |
4.イエシロアリの巣と生活 |
ヤマトシロアリの集団はエサ場を変えながら生きる言わば「遊牧民族」です。特定の場所にこだわらず、環境が悪くなればエサ場を放棄し、次の生息場所に移動します。それに比べてイエシロアリは巣を構築して一箇所に長くとどまることからエサ場を放棄することはあまりありません。言わば「定住型」です。エサ場を放棄しない定住型ですから家屋の近くに巣ができれば、当然家屋への被害は集中的になります。 また外敵(クロアリなど)が攻めてきた場合には逃げるわけにはいかず、なんとしても巣を守らなければなりません。ですから当然、兵蟻の数は多くしておかなければならず、その性格も攻撃的です。ヤマトシロアリはその場所にこだわりませんから、外敵が攻めてきても逃げる一方です。本来防衛するはずの兵蟻すら逃げます。また兵蟻は自分で栄養を取ることができず、職蟻から供給されたりしていますからそういう穀潰し的な兵蟻は少ない方が集団としてのコストがかからないのです。 |
勝手口に作られたイエシロアリの巣 | 掘り出されたイエシロアリの巣 | ||
これで全部、ではありません。 |
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イエシロアリの場合とにかく異常があれば出てくるのは兵蟻 |
ヤマトシロアリの兵蟻は積極的に防衛はせず、部屋と部屋をつなぐ孔に頭を突っ込んで外敵の進行を防ぎ、仲間が逃げる時間を稼ぐ。 |
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5.階級分化の違い |
社会性昆虫であるシロアリは、コロニーの構成員が仕事ごとに階級がきっちりと分けられています。卵を産むことに専念する生殖階級(女王、王)、食物の採取、運搬、巣の構築、清掃といった一般的な仕事をする労働階級(職蟻)、外敵からの防衛の任務にあたる兵隊階級(兵蟻)らがシロアリのコロニーの主な構成員です。 また、シロアリは不完全変態の昆虫で、卵から孵化したときにはほぼ大人と同じ姿格好をしています。この後、脱皮を幾度も繰り返し成長していきますが、孵化したばかりの幼虫は将来どの階級に成長するのか決まっていません。これがシロアリのすごいところの一つで、シロアリが繁栄している理由の一つとも考えられます。 外敵に攻められ、兵蟻が少なくなればそれを増やせますし、コロニー内の頭数が環境に対して多すぎるときには羽アリにして外に出すこともできますし、なんらかの異常で女王が傷ついたり、いなくなったりしても内部から女王を補充することすら出来てしまいます。この融通の利き具合はシロアリの種類によってことなりますが、ヤマトシロアリは特に優れて(?)います。通常は職蟻として働いている階級であってもそこから兵蟻、ニンフ(羽アリの前段階)、副女王(女王の予備)に成長する余裕があり、仮にコロニーが分断され、職蟻だけになったとしてもそこから女王をもうけ、再生することができてしまいます。実験レベルでは25頭の職蟻からコロニーが再生したそうです。 イエシロアリもそうした融通の利くシロアリですがヤマトシロアリほどではなく、ある程度成長してしまった職蟻は生殖階級に成長することができません。ただし、分断されたコロニーにニンフ(生殖階級になりえる)がいればコロニーが再生する可能性はあります。 |
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参考:社会性昆虫の生態 培風館 松本忠夫著 |
6.イエシロアリとヤマトシロアリの防除方法が同じ? |
現在おこなわれている「シロアリ防除」では、イエシロアリだろうとヤマトシロアリだろうと同じ方法がとられるのが一般的です。なぜこれだけ生態が違うのに同じなのかわかりませんが、仮にその防除方法がイエシロアリに対して正しいとすればヤマトシロアリに対しては過剰な対策ですし、ヤマトシロアリに対して正しいとすればイエシロアリには不足な対策と考えられます。シロアリ対策の基本は「調査・駆除」ですが、イエシロアリの場合は本巣の駆除、ヤマトシロアリの場合は残蟻を残さないような駆除(これが難しい)が重要になると思います。 さらにヤマトシロアリだけを見ても頭数が多いコロニーもあればものすごく少ないコロニーもありますし、比較的長く同じ場所にとどまっているコロニーや来たばかりのコロニーだってあります。ましてや日本の家屋は様々な形態があり、住んでいる人、地域性もかなり違います。そういう様々な環境があるにもかかわらずいつも同じ防除方法というのは理にかなっているんでしょうか。マニュアル化しなければならない場合もあるのだとは思いますが、限界もあるのだと思います。 現在外来種のシロアリが一部の地域で被害が深刻になっています。アメリカカンザイシロアリと呼ばれる種類で、木生息性のシロアリであり土壌との繋がりがなくても生息できる、発見駆除が困難なシロアリです。現在はこのシロアリに対するマニュアルはありません。しかし、調査駆除がシロアリ対策の基本とすれば、困難ではありますが対策は打てます。しかし、このシロアリに対してもイエシロアリやヤマトシロアリと同じ防除方法、同じ考え方で対応しようとするとおそらく対策はできないと思います。 |
子供の腕の太さはあろうイエシロアリの蟻道 | 箸1本程度のヤマトシロアリの蟻道 | ||
蟻道の太さは基本的にそのシロアリの活性を示すものであり、太ければそれだけ活発なシロアリとほぼ言えます。イエシロアリとヤマトシロアリではこれだけ違いがあるのに防除方法は同じでいいんでしょうか。 |
7.イエシロアリは本当に最強か? |
イエシロアリとヤマトシロアリを戦わせた場合、ほぼ間違いなくイエシロアリが勝つと思います。しかし、生息地域で比べると圧倒的にヤマトシロアリが広範囲にわたっており「種の保存」と言うことを考えた場合、生息地域は広いほうがいいですから、そういう面ではヤマトシロアリの戦略のほうがイエシロアリよりも優れており成功しています。 自然の中でのイエシロアリを考えた場合、巣を構築して周辺の枯れ木をすべて食べつくしたとしても、そのころにはまた別の枯れ木が供給されるでしょうからエサには困らないと思います。樹木にとっても次の世代の栄養になるということを考えれば、枯れ木をすぐに土に還してくれるのはありがたいことでしょうし、それによって森の新陳代謝は活発におこなわれることでしょう。 宅地のイエシロアリを考えた場合、巣を構築し周辺の木材を食べつくしてしまったら(家屋に被害を与えるということですが)新しい木材は家が新築されるまでなくなってしまいます。すなわち宅地に営巣したイエシロアリの集団の寿命というのはある程度決まってしまうんだと思います。 また、宅地造成や森林開発などでコロニーが被害をこうむった場合、ヤマトシロアリの場合はある程度までならコロニーを再生できますし、うまくいけば集団そのものが複数になることも考えられます。イエシロアリの場合はほとんどはそうはいかず、コロニーに致命的な被害を受ければそのまま集団は消滅してしまうでしょう。 こう考えるとイエシロアリは最強のようで実は弱いシロアリなのかもしれません。逆に弱そうにしているヤマトシロアリこそ、したたかで最強なシロアリのようにも思えてきます。そういえば中国、漢の高祖である劉邦は、項羽との戦に99回負け、たった1度だけ勝って天下をとったとされています。外敵に攻められたヤマトシロアリは逃げるたびにほくそ笑んでいるのかもしれませんね。 |